ライフスタイル

お客様との長いお付き合いには、相思相愛の長続き

結構、思い込みの強い私です😅

 

が、プロとして「お金」をいただくのには

慎重になります。

 

だって、さすがにいただいた以上に

「価値」を差し上げたい!

でしょう😘プロとして

その為に、出来るコトを探ります。

事前潜入捜査が、一番のエネルギーを使います。

 

 

 

そんな私の恥ずかしい程の真直ぐ話

 

1975年9月23日 私は、運命の人と出会いました。
永田秀俊 学生なのに、親からの仕送りも無く
アルバイトで学費・生活費をまかなっていました。

当時の私は、親からの援助を、受けながらも
それは、どこかで当たり前と思い
いちいち指示をしてくる事に、不平不満を持ち
今思う・・・そう言えば、親は何も言ってこなかった
言われるかもしれない、と、私自身で「防御」をしていただけでした

だから、自立して生きている秀俊さんを見て
キラキラ輝く存在だと、一目ぼれ

今でも、その癖はある私なのですが
何故か「脇」が無くて、まっしぐら、前しか見えません
その日は、秀俊さんのアルバイト先に行き
秀俊さんの休憩時間に、お茶をご馳走になり
世間話程度で、終わりました。

数日後のデートの誘い
もちろん、秀俊さんからの誘いでした
えーーーーぇっと
恥を話すようで、少々抵抗は有りますが
それまでの私、兄弟・従兄・男友達は多くいましたが
女子扱いを受けた事、数少なく
(短大は、女子の園でした)
短大時代に、ダンスパーティとか、合同ハイキングとか、学園祭とかで
数回、デートに誘われた事は有りましたが
何故か、秀俊さんとの時間は、特別だったようです。

 

当時の私は、親からの援助を、受けながらも
それは、どこかで当たり前と思い
いちいち指示をしてくる事に、不平不満を持ち
今思う・・・そう言えば、親は何も言ってこなかった
言われるかもしれない、と、私自身で「防御」をしていただけでした

だから、自立して生きている秀俊さんを見て
キラキラ輝く存在だと、一目ぼれ

今でも、その癖はある私なのですが
何故か「脇」が無くて、まっしぐら、前しか見えません
その日は、秀俊さんのアルバイト先に行き
秀俊さんの休憩時間に、お茶をご馳走になり
世間話程度で、終わりました。

数日後のデートの誘い
もちろん、秀俊さんからの誘いでした
えーーーーぇっと
恥を話すようで、少々抵抗は有りますが
それまでの私、兄弟・従兄・男友達は多くいましたが
女子扱いを受けた事、数少なく
(短大は、女子の園でした)
短大時代に、ダンスパーティとか、合同ハイキングとか、学園祭とかで
数回、デートに誘われた事は有りましたが
何故か、秀俊さんとの時間は、特別だったようです。

私が、コロッといった一言
食事をした時に、秀俊さんが言った言葉
「女の子は、食べるのが遅いから、僕は待っててあげるヨ
ゆっくり食べて良いよ」
経験値が少なく、抵抗&免疫力の無い私
その言葉に、ノックアウト

後に、父に言われた言葉
「あの人は、皆にやさしい言葉がかけられるヨ」
その話を聞いた息子から
「本当に、あんた勢いだけだネ」

はい、それが私です
その後、私の二十歳の誕生日(12月5日)を過ぎた頃から
私は秀俊さんの下宿通いを始め
アルバイトに出かけて居ない、秀俊さんの下宿の掃除をしたり
身の回りのお世話をするようになりました。
学業をほったらかしにしながら

次の年の春
それでも私達は、大学・短大を卒業した
私が、岡山の実家に帰る事で、遠距離恋愛がスタートしました。

ところがです 実はです
この間も、その先も
一度たりとも「結婚しよう」という言葉は聞いていません
はい、思いこみの強い私

この人と結婚する
と、決めてしまってました。
未だに、それは謎

プロポーズの言葉は無く
秀俊さんは、そんな私の勢いに、押されきったのカモ
あっ いえ、秀俊さんの名誉の為
まぎれも無く、押し切られたのです(笑)
惚れたのは私
何だかんだと、言ってますが
惚れられた感は、ゼロ
やれやれ  どんな時にも 惚れた弱みには勝てません
負けず嫌いもかたなしです。
それでも、スタート時点では
私は、秀俊さんについて行こう
何があっても、ついて行こう
そう思っていました。

 


 

長々、お付き合いくださり、ありがとうございます。

 

そんな私が、いくら学んだコト、身につけたコト

とはいえ、人様の人生に寄り添いながら

お金をいただき、影響を与えるには

慎重にならざるを得ません。

 

ので、潜入捜査😘

 

そして、一年契約をいただき

 

一年間のハネムーン😍😍😍

 

さぁ   お客様との甘い時間過ごします。

 

 

The following two tabs change content below.
アバター

NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、16年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

関連キーワード

大切な人の健康長寿を願って贈る 愛知名産「安城和泉手延べめんギフト」福禄寿ギフト お店を見に行く