ライフスタイル

とけはじめた心の痛み

少しだけ、ほんの少しだけ、心のすみっちょに追いやっていた事が、長く長く「ひっかかり」を持っていました。
アラン秀俊さんの事です。子供の頃の「理不尽な体験」があり、ほんの少し「かたくなな心」の存在を見つけていました。 それを、私が「何とか出来る」などとは思わずに、いつかきっと「とけてくれる」そう信じて、ながくお付き合いをしています。知り合ってからだと46年ほどになります。結婚を決めたのも「私」です(笑)

それから、この「塊」に気付くのには、それ程の時間は要りませんでした。
それでも、私は、いつか必ずと信じて、ずっとずーーーーっとつき合おうと決めていました。←かなり「しつこく」て「粘り強い」と、私自身でも思います。

その「きっかけ」は、二人の孫達、特に二歳の「蒼空くん」の存在が、大きく、その「塊」が、少しづつ「陰」を潜め始めてくれています。というと、大袈裟ですが、本当に些細な事で、その「塊の存在」を、見つけてしまうのです。←私の、良い所であり、悪い所でもあります。

子供の頃から強情で、いつでも目の前にまっしぐらな私

一度決めたら、かなりの確率で、その決めた事を達成するまであきらめないのです。←それは、私を育ててくれたほとんどの人が知っています。
ただ、大人になるにつれて、その強情さを前面に出す事は、控えて来ました。←もめごとが嫌いだからです。

最初にアラン秀俊さんに出会った時から、少しずつですが、感じていた「さみしさ」の原因には、「手」を出せずにいたのです。←やはり、人には触りにいってはいけない「大切な領域」があるのを、知っています。

私自身が、まぁまぁ繊細で、それに気づく事の出来る人と、そうでない人の存在は、子供の頃から沢山の他人さんとの暮らしの中で、感じていたからです。←一歩踏み出すか、一歩下がるか、お相手によって、大切なポイントがあります。

孫達とのつながりが、心を柔らかくしてくれます

それは、アラン秀俊さんだけでなく、私自身にもそうです。息子達との暮らしの中では、この余裕は持てなかったです。ただ「可愛い」だけでは無くて、この孫達の成長の傍らが、私達の「命の輝き」の場所だと思っていられるのです。孫達の成長に、特別の「思い」があるのも、私自身の「命の淵」に座った時には、二歳の孫の命の芽生えも知らずにいたので、今ほどの「熱い思い」にはなれていませんでした。

私達二人ともに、負けず嫌いの強情っぱりです。 が、そんな亊よりも「心」の柔らかさや温かさを、大切にした生き方を、選べるようになり始めて、やっと少しだけ「私達の弱さ」を認め合えるようになったのかしら~~~と、思え始めたらなんだろーーナ

人は、そんなに強くはなれません。お互いの弱さを知って、慰め合うのでは無くて、足らずを補い合えたら、そんなお相手に巡り合えて、そんなお相手に助けてもらえて、何かしら喜んでもらえたら、豊かな暮らし方が出来るんだと信じています。←甘やかす事ではありません!! 一緒になって「何」かが出来る亊です。

じっくりとゆっくりの対話時間が持てた

そろそろ人生の終盤になり、やっと少しだけ「余裕」が出来たから、二人で「お茶」を飲む「ゆとり」を持て始めました。生涯現役で暮らそう!! と、決めてから余計に丁寧に「ゆとり」を創るようになりました。

ゆとり、窮屈でない事、その為に、色々と整理整頓してみたら、沢山の不要を処分出来て、心の風通しが良くなりました

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    NagataYouko

    金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、17年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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