ライフスタイル

ゆすらうめの思い出



ずっとずっと昔に、私がまだ小学校にあがるより、うんと前の思い出です。
家が忙しい時には、母方の祖母の家にあずけられていました。
祖母の言う事を聴いて、祖母の傍で、おとなしく過ごしていました。

周りが男の子ばかりで、皆は外を走りまわっていましたが、私はあまり走り回るのも得意では無くて、ついつい家の中で、手先でする事をゴソゴソとしていて、祖母の手伝いをしたりしながら過ごす時間が多かったです。

そんな祖母の家のすぐ近くに「ゆすらうめの木」があって、この季節に「赤い実」がたわわになっている家がありました。眺めているだけでも、とても綺麗でキラキラと輝く宝石のようでした。

そこのお宅のおばちゃんが、食べて良いよと、言ってくれた

ひと粒食べたら、とてもすっぱくて・・・美味しかった
ちょっと恥ずかしかったけれど「美味しい」と「ありがとう」は言えた。
そしたら、おばちゃんは「いつでも食べに来て」と言ってくれたので、とても嬉しくて、祖母に伝えたら「やめなさい!!」と言われて・・・辛かった

おばちゃんには「家から出られない子供が居るので、陽子ちゃんの声が聞こえると、その子が喜ぶヨ」と言われた
祖母には「だから、行かないのヨ」と言われた・・・
母にもなり、祖母にもなった今の私には、その両方の言い分や言ってる意味は、よく理解できるけれど、その頃の私には、解らな過ぎて悲しかったのだけは覚えている。

大人になるにつれ、そういった「事柄」が増えて来た

数字ではっきりと「割り切れない世界」が有る事が、少しずつ周りに増えて来て・・・正解の無い世界が有る事を知るにつれ・・・そこから遠のいていたいと思う私が居る事に気づくのです。
目の前の事を片付けて「よろこんでもらう事」の傍らに居た方が、私自身の居心地が良いと感じていられるのです。

一歩踏み込み過ぎてしまう事からは、避けて通っていたいのです。
要らんモメ事や、余計なおせっかいからは、遠のきたいと思うのも、モノゴトの「優劣」をつけてしまわないで居る方が「平和」だと思えるのも、どこかでそんな「切なさ」を感じて居たく無いと思っているからです。

傷つくのが嫌なのでは無くて、私自身の行動が誰かを知らず知らずのうちに傷つけるのが嫌なのです。
だからと言って、八方美人が出来るほど器用では無いので、ついぞ脇に下がっての「様子見」をしてしまうのです。

今となっては、そういう経験のひとつひとつが、活かされている

控え目過ぎない、出過ぎない。そんな按排を身に付けて来られたのも、それ程に優秀でも無いし器用でも無いからこそ、経験から学べる事柄の中での「心情」を大切にしながらの「相談業務」の基本が創られているのだと・・・思います。

特に私の扱う「お金まわりのアレコレソレ」には、そうした「はっきりと出来かねる心情」の存在する世界でもあるからです。

私自身の「家庭」での事、成長過程での事、そんな全てが根底にあっての「今の相談業務」の在り方なのです。
お手本やら、見本やらは何も無く、ましてや正解も無い世界の中で、私自身のスキルにはそういった経験値も影響が有るんだと思います。

ちなみにスキルとは、教養や訓練を通して獲得した能力のことである。 日本語では技能と呼ばれることもある。 生まれ持った才能に技術をプラスして磨きあげたもの、らしいです。

私自身の経験や考え方に賛同してくださる方々が、周りで輝き始めてくれています。その輝きが私自身の誇りなのです。良い人生だわぁ

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    NagataYouko

    金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、18年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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