ライフスタイル

一番かわいいのはだぁれ?

そんなの自分に決まってる!! って、はっきり言えるといいなぁ
私達二人は、結構「順位をつける暮らし方」の中で育てられました。つまり、競争の中です。←ただし、人口が減り始める時代の、入り口近くでもありました。
少し前の世代の方々は「学生運動」など、かなり過激な「青春時代」を過ごされていました。
私達二人は、昭和28年と30年生まれで、日本が戦後の「豊かな時代」に向かう頃生まれ、育ててもらえました。直接の争い事は無い物の、順列をつけたがるのは、少し切なさを覚えながらも、有難い事に「それ程」感じなくて暮らして来られました。

平等という言葉で、平均値の中が平穏???

育った環境の違いは「平等」や「平均」や「平穏」という「平」という文字の「幅」や「そもそも」にさえも違いがあった事に気付くのには、そんなに時間はかかりませんでした。日々の暮らしを初めて見ると、すぐに感じられる事でした。←世間という言葉が、身に染みた瞬間でした。
それでも小さな小競り合いは、まだそんなには起こりません。子供が生まれて、子供達が暮らしに加わってからは、「差」が明らかに見えてくるようになります。←私達自身の育った環境の「差」が、子育て(特に母方の影響が強い)に、現れ易いからと思われる。

外で働いて「お金」を稼ぐのは「男子」

という風潮も確かにあり、私達の生活の始まりは、アラン秀俊さんが「勤め人」、私は「専業主婦」としてでした。つまり「生活費」に関しては、アラン秀俊さんの「割合」ばかりでした。そして、私には「自己防衛」という感覚も薄く、毎月の暮らしは、毎月の稼ぎで賄う!! という、ある意味「貯蓄」という考え方は少なくて、それでも年子で産んだ二人の息子の「学資金」だけは「蓄えておく」くらいは考えていました(苦笑)

世代交代の波は、常に起こっている

私達の暮らして来た時代にも、色々な変化があり、その変化の波の中で流されてしまわないように、世の中の流れを見ながら、ちっちゃな「家」を守り続けて来ました。私達らしく生きる為の暮らし方を続ける為に、アレコレとジタバタしながら暮らして来ました。その時に培って来た「知恵」や「知識」を、少しでも「周りへのお返し」の出来る暮らし方をするのが「寺子屋」の発想です。

春待ち顔で、周りと一緒にほんわかとしながら暮らせる為に、アレコレ学ぶ場
それが私達のやりたい「場の提供」です。

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NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、16年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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