ライフスタイル

働くコト

私自身が、働く事に影響を与えてくれたのは、両親以外にも、沢山居てくれました。
そのお方は、大正8年生まれの女医先生でした。
結婚後に、私が仕事を始めたのは、前任の事務員の妊娠がきっかけでした。
その眼科医院は「医療事務員」の募集チラシを、新聞の折り込みに入れました。
当時、医療事務員の資格は持っていたけれど、どこにも勤めた事が無かった私。
そのチラシを暖める事、一週間・・・
専業主婦歴10年の私(シール貼りの内職はしていました)、精一杯の勇気を絞って、電話をして
面接に伺った日は、まだ昨日の事のように、覚えています。、次男が小学二年生になる前の春三月でした。(ずいぶんと、昔の話です)只今、その次男はそろそろ42歳

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私が、「永田陽子」として、始めて「お金」をいただいた方です。
そして、私が今のファイナンシャルプランナーの資格を取得して、この資格の私に、一番最初に契約下さったのも、この女医先生です。
私は、女医先生の「相続のお手伝い」を、させていただきました。「公正証書遺言書」の証人として
公証役場にも、同席させていただきました。

私に「良い仕事をしている」と言って褒めて下さり
「貴方は90歳まで仕事をするのヨ」と、女医先生が、今の私の年齢くらいの時に
ご自身の為に「松坂屋」で仕立てられたワンピースを、私に下さいました。

まさしく、一番最初に、私に仕事をする事の大切さ、仕事をすると、豊かになれる事を、身を持って教えて下さった方です。

当時は、目の前のレセプト(医療費の請求書)を仕上げる事、家族の世話、諸々役割の多かった私に
女性として、しなやかにそして厳しく、「働く姿」を示して下さった女医先生。

数年前の7月31日に亡くなられました。私が、久しぶりのセミナーに汗していた時
静かに、天に召されました。

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私の活躍を、一番喜んで下さった女医先生を思い。
くじけそうになった時、女医先生からいただいたワンピースを来て、パソコンに向かいます。
女医先生から学んだ事を、思い起こし、私が、私の仕事をする「基本」に立ち戻る為にです。

仕事は、誰かを喜ばせる事!

女医先生の最後の診療の日
アラン秀俊さんと二人で、女医先生の大好きなお花を持って行った時
患者さんの長蛇の列があった事、忘れません。

私に背中を見せてくれた方々のお蔭で、今の仕事が出来ています。だから私は、大切な方々の背中を、護ろうと思う

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    NagataYouko

    金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、18年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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