ライフスタイル

悲しいわ 自分で自分の身体を痛めたのが

辛くて苦しい時には、前を向いて精一杯に生きた。それでも、若かったし子供達の笑顔には、救われた。無邪気という言葉に救われた。私が母で有る事を身体中で受け止めてくれた。だから、頑張れた。ご褒美はいつもすぐ傍。今は、それがお仕事から貰えてる。お客様から貰えてる。独りじゃないを、痛感している。痛みを感じていられるのは、生きてる証です。と、解っていても、それを自分で引きよせてしまった事が、悲しい。

それでもパッと観は、変わらない

笑顔は創れる。安心も生み出せる。やる事をやれば改善出来る。そう信じて、日々を丁寧に暮らして居られる。って、ひょっとしたら、ものすごい事なんだよねーって、辛く悲しい所には居たくなくって、お陽様(私かっ)が顔を出す。私の居場所は明るい所。何故かずーーーーっとそう思っています。まぁ単純

名前の由来

私の名前、陽子は・・・実は、おこぼれ(笑)しかも、漢字間違い(爆笑)
私は昭和30年生まれ、その頃には産まれて来るまで性別は解らず、半年前に産まれた従兄が男子だったので、その時女子だったらと用意されていたのが「ようこ」しかも「洋子」でした。私が産まれる時には、父は男子と信じてて、しかも「太」こちらは、実際の弟につけられています。期待外れで産まれ、しかも難産のすえに産まれた時には、ちょっと気の毒なくらい疲れはててた母は、しばらく(たぶん数日)ぐったり、期待はずれの私の名前は、中々考えてもらえず、従兄につけられ無くって余った「ようこ」しかも役所では、父が「陽子」と届け、今に至る(笑)お陰で、私は太陽の陽子、しかも後からの弟が「太」、まぁ単純

大きな思いも無い名前のように(笑)

何故か思い込んでいると、その現実に近づいて来たような60年以上です。商売に忙しい実家で育ち、家業を助けてくれる他人様の中や、忙しい家だからと私達を半分以上育ててくれた親戚や、近所の商家の方々からは、働く事を教わり、働けば仕合せになれる事を、身を持って学び、ただただ愚直に進む事しか知りません。それでも・・・良く良く思い起こすと、そうした中でも「甘えて良い事」も学び、頑張ると「ご褒美」がいただける事も学んでいました。

もっともっと面白がろう!! せっかく拾った命だから、可愛そうな悲劇のヒロインは、私には似合わない!!

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NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、16年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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