ライフスタイル

自分で自分を愛おしむって、本当は簡単なのに

結構な、強情っぱりでした。 あっ今でも、その傾向は強いです。
辛い事を辛いと、言ってはいけないよーー 悔しさに悔しいって、言ってはいけないよー
そんな風に、鍛えられたら・・・強くなれるんだ・・・歯を食いしばっていたら、強くなれるんだ
そう思っていました。大人になったら、人のお手本になれるくらい、立派にならなきゃいけないよー

そんな風に、勘違いをしていたようです。

無理です、無理!! そう言って、こっそりと逃げ出して行くのは、卑怯なやり方だと、信じていました。

う~~~~~~~~~~~ん、違う違う!! そんな風に、心が大きな声で叫んでいました。
涙がじわーーーーーーーっと、頬を伝って落ちてきた。
頬が、温かくなって、顔が柔らかくなり始めました。

中学生の頃、合宿のような感じで、学校から連れて行ってもらえました。

それでも、まだまだ義務教育の間には、その枠が縛り付けていました

元々は、集団で行動するのは、苦手でしたが、その集団の「和」を乱してはいけないんだと思い、自制する事は沢山ありました。←いまでも、わざわざそれを破る気はありませんよー

心の中で、モノ申しながらも、口にするのは控えていた・・・つもりでした。

ただ、黙々と作業をする事、それが結果に繋がる事は、とても嬉しくて、全体を観ながら、私自身の「役割」を決めて動くのは、好きでした。←家業の助けをしているのが、好きだったのは、人の助けをしては、喜んでもらえるからです。

それでも、その頃の事を思い出すと、心の底から「家業の助け」が、好きとは言えず、色々と反発もしていたのを、思い出します。

家という枠の中から、出る事を願っていたのでは無かった

きっと、それは「女子」として生まれた「使命」だと思っていたんだろーーーなぁ
中学生になった頃から、自分の居場所を探し始め、自分の居場所は、どこなんだろうかなぁーと、考え始めていたんだろうなー だから、家から離れて「木」を眺めて、「空」を見上げて、涙が頬を伝ったんだろーナ
それでも、その時、誰にも気づかれないように、そっと涙をぬぐっていました。

そんな私が、二十歳になる少し前に、アラン秀俊さんと巡り合い、「この人」と決めるのには、そんなに時間は要りませんでした。←結構、直観型です。

誰かと一緒に「家」を創る!! そんな風に思っていたようです。
ただ、周りがそうだと決めた形の、それが結婚というモノで、家と家の繋がりを持つ事だとは、その頃の私には、理解が出来ていなくて、随分と驚く事ばかりでした。←立派な世間知らずです。

あまり、小器用な方ではありません

未だ、世間に馴染んで暮らしていくには、ほど遠いのです。
私の持つ「色合い」が、はっきりとし過ぎていて、それを「良し」にしていただける方々とで無いと、上手くお付き合いが出来ません。←だから、アラン秀俊さんと一緒に居ます。奈良でのご近所付き合いは、アラン秀俊さん担当です(笑)

「独りで何でもできる人」を装っています。出来ない事は有りませんが、それほど器用に「やりこなす事」が出来ず、嫌気がさす事は、長続きしません。←かなり、我儘です。

黙々と、掃除をしたり、庭仕事をしたりしているのは、得意で好きです。
人様の相談に乗り、アドバイスをするのが「お仕事」と言っているのに・・・です。

今になって、今更ながらに、少数精鋭型を豪語して、好きな方々とだけのお付き合いだなんてー

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    NagataYouko

    金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、17年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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