ライフスタイル

過去の経験は、今の財産になっている・・・か???

奈良サロン
最初の構想・・・それは「陽子の生きる場所」でした
それが、何故か「秀俊活躍の場所」になりました。
「食」がテーマの、永田秀俊(現在63歳)
40年前、二人はこの地で巡り合いました。
長い長い人生の三分の二を過ごした、二人の生き方
失敗を失敗と凹まず、ひたすら前を向きながら、我武者羅に生きた二人について
少しずつ振り返りながら・・・書いて見ます。

永田秀俊

昭和28年9月16日
岐阜県関市の旧家の長男として誕生しました。
清流長良川が近くに流れ、濃尾平野の綺麗な景色と
清らかな空気に包まれながら、18歳までを過ごしました。
その後大阪に有る、近畿大学法学部に進み、故郷を後にします。
大学生活のスタートは「寮生活」から始まりました。
割と早い段階から、アルバイトを始め、親からの仕送りもして貰わず
学費&生活費も稼ぎながらの学生生活を、送るようになりました。
実家で暮らす時には、目の前の畑で採れた「野菜中心」の食生活でしたが
選んだアルバイト先は、大阪南の心斎橋のレストラン
そこでの衝撃的な出会いは「クリスピータイプのピザ」でした。
生まれて初めての食べ物に、世の中にこんな美味しい物があるのか!
と、感動した時の事が頭にこびり付き、大学を卒業したら「飲食業」の道に進みたい!
などと思うくらい、アルバイト先での経験が大きく「今」を創っています。

多くの女性を魅了する「プリン」や「ハバロア」は、その時に身に付けた物で
秘伝のレシピは、頭の中、何も見なくても、創れます。

なのに、それ程思いを寄せ続けた「飲食業」につく事も無く会社員になり
しかも、社会人のスタートは○○生命保険会社の法人営業部でした。

 

 

永田陽子

昭和30年12月5日
岡山県倉敷市児島の、散髪屋の長女として生まれました。
兄弟や親戚の中で、女子率は低く
元々の性格も助けて、男子の中に居るコトは多かったです。
そんな中で、女子扱いを受けたコトが少なく
たぶん・・・いえきっと
秀俊さんに言われた「女の子は食べるのが遅いから、待っててあげるネ」
に、コロッといってしまったのです。
はい! 現場経験の少なかったが故の●●です。
まぁ~~~大体は「目の前」しか見られないので・・・良くあるコトです。

 

 

 

 

そんな今日は、クリスマスイブ
色々なお方に「プレゼント」したり
色々なお方から「プレゼント」いただいたり

ちょっぴりし合せな夜

 

 

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NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、16年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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