ライフスタイル

「ありがとう」と言うクセをつけようネ って言うのは

色々と、相手の立場を考えて行動しよう。

と、心掛けています。
(出来るだけネ)

 

 

ちょっと「余計なお世話」かなぁーーー
と、思えるコトも、相手がそれを許してくれたら
やっても良いになります。

その時・・・良く聞く言葉「すんませーーーん」
これには・・・ちょっと心が沈みます。
なので「ありがとう」って言おうねーーーと伝えます。
(と、私自身に言い聞かせる意味でも)

なのに・・・何かの時に、私も「すみませーーーん」と言うのです(苦笑)

使う時も余程「心掛けて」いないと・・・やってしまいガチです。

ヤレヤレです。

 

そうしておいて「人間生きてる間中、修業だねー」なんて言って
わっははっはと、笑い飛ばします。

 

 

 

こうして「言葉」について「心賭ける」ようになったエピソード

 

私の父は、亡くなる前の10ヶ月程
岡山から、名古屋に来てもらって
私の傍の「老人専用賃貸マンション」で過ごしてもらいました。

お世話をしたい「私の一存」で、です。

 

 

実家は、倉敷市児島で「理髪店」を営んでいます。
弟が、父の後を継いで護ってくれています。
同じ敷地に「家」も有ります。
が・・・父は「ゴルフ三昧をしたい」と言って
家から、車で20分程の所に、マンションを購入して
名古屋に来てもらうまでの、15年程を
倉敷のマンションで「独り暮らし」をして
ゴルフ三昧の日々を謳歌していました。

 

 

この辺りは、娘として尊敬に値する父親です。
が・・・80歳が近づいてくる頃から
少しずつ、失敗も増えて来て
本人も、独り暮らしに不安が芽生えて来たので

私の誘いに乗って、名古屋暮らしを決めてくれました。
(と言っても・・・かなり強引な誘いをしました)

 

 

その時、私がしたコト
父のカルテに「パーキンソン病の疑い」と書かれていました。
それと「両眼白内障」でした。
名古屋に来てもらい、病院に付き添い
「疑い」をはっきりさせるコトと「白内障」の治療です。

某大学病院の「脳神経内科」にかかり、色々と検査していただき
結果「疑い」は無くなりました。
もちろん「投薬」もせずに、済みました。

その時のドクター
とても素晴らしい方で
私に「どうしますか?」と聞いてくれました。
年齢も年齢ですし
大学病院という場所は「病名つけて、薬を出して試すコト」が出来ますヨ
だそうです。
私は、丁重にお断りをして

「疑い」も「薬」も無くしていただきました。

それまでに数回通う度

父が「すんません」「すんません」とペコペコする姿に
ドクターは
「辞めてください! 貴方は何も悪い事をしていないのに
そんなに謝られると、僕は悲しくなります」と、言われ
それに父は「すんません」と応えるのです(苦笑)

 

 

それが「クセ」になる程、繰り返して
私を育ててくれた父を、尊敬しているし、誇りに想っています。

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NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、15年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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