ライフスタイル

運用の前に、形成でしょ

大概の方は「お金」が出来たら

と言われます。
そしたら・・・いつになっても、出来ません。
その時点で「出来ない理由」の中に、チャンスを閉じ込めていますからネ

 

コツコツ積立は、今すぐスタートできます

そして、最低積立額は、500円の投資信託も有るのですヨ
不定期で、貯金箱に500円貯金しているなら
小学一年生になったら、お家のお手伝いをして
お小遣いを定期的に、500円のコツコツ投資を始めたら

高校卒業まで
500円×12カ月×12年=72000円
これは、全く「運用益」の計算を無くしてですヨ
ほんの少しの利益でも、複利で運用すると、どーーーーなるでしょう???

 

気になるコトは、そーーーーっと横に置いて

は、良い意味で正解
答えは、きっと未来に在って
それが、自分の人生の基盤を創ってくれます。

それを、資産形成と言います。

働いて、お金にも働かせるコトを知っておくと
きっと、未来は明るい。

小学生から、高校生だけで無く
全ての人は、働いて誰かを喜ばせ、対価をいただき、仕合せに成り
その一部を残して、「お金」にも働いてもらいながら
「自分自身の夢」を実現させていき
その間働いてくれた「お金」を、将来資金として蓄えておく

それが、資産形成です。

 

たまたま昨日届いた業界誌です。

またまたペラ読みです。
今回は、斜め読みでは無く、ポイント抑え読み
(どっちでも良いわ・・・)

 

形成って大切でしょ

整ったものにつくり上げること。形づくること。
ですヨ

無い袖は触れません。

だからと言って、多くあれば・・・は、ただの妄想

何かをするのには、無くては成らないのが「お金」です。
その「お金」を、ご自身の「進みたい目的」に添って
「形づくる」のですヨ

私が、ファイナンスの勉強を始めた時に
一番面白かった分野でした。
そして、それまでの私の「永田家の主婦」として
欠落していた分野でも有りました。

ものすごく・・・長いですが
何故、私が「この仕事」に熱意を持ち続けていられるのか
書いてみました。
よろしければ、時間の有る時に、お読みくださいネ

 

 

永田陽子が出来るコト

 

永田陽子とは
永田陽子昭和30年、備讃瀬戸大橋の本州側の

岡山県倉敷市で理髪店を営む家に生まれ

短大では家庭生活科で良妻賢母教育を学び、まともに社会に出てお金を稼ぐ事も無く
短大時代に知り合った秀俊さんと結婚して40年になります。
その間、シール貼り内職主婦・パート事務員・正社員の事務員・

ファイナンシャルプランニングを学び、資格取得後

その秀俊さんと会社を起こして15年になります。

 

夢見る夢子、現実を知る

なぜかお金が足りない!

 

私が結婚したのは、昭和52年11月、22歳の誕生日を迎える少し前
大好きな人が居てくれる事で、幸せな日々が送れるとだけ信じていました。
そんな私にいきなり襲いかかった現実

それは・・・幸せな日々を送るには、最低限生きる為のお金が要るという事
当時、お給料は今のように銀行振り込みでは無く、現金支給で給料日の夜に

秀俊さんが運んで来てくれていました。
特別に贅沢をしていたとは思えないのに

家賃を払い、スーパーに買い物に行き、電気・ガス・水道料金を払うと

お給料は残りが無くなってしまっていました。
そんな生活の中、その日はすぐにやってきました。
ある給料日。そしてその日は、電気代の集金日でもありました。

私の財布の中には、電気代を支払うだけのお金が足りない!

仕事に出かける秀俊さんに、その事を伝えられず笑顔で送り出しました。

集金の人が来たら、何と言って良いのか解らず。

小さな胸は張り裂けんばかりの思いで、何も手をつけられず

部屋のすみっこに座り込み一日を過ごしました。

何もしない不安な時間が、これほど永く感じる事は

そこまでの私の人生には有りませんでした。
夜八時を過ぎた頃、玄関チャイムが鳴り、恐る恐る玄関扉の覗き口を覗いてみると

秀俊さんの顔です。

安堵とともに玄関を開け、秀俊さんの顔を見たとたん、数日間抱えた不安

その日のピークを迎えていた不安から解放されて、涙があふれてきました。

それを見た秀俊さんは、驚いて「どうしたの?」と、聞いてくれました。
私は、そこまで抱えた不安を話し、その上でその日夕方からのピークの不安に

灯りもつけられなかった事を告げると

一言「あんた馬鹿じゃないの、こんな夜になって集金の人は来ないヨ」
身体中の力が抜けて、ヘナヘナとその場に座り込んでしまいました。

夢子、動き始める

私も稼がなきゃ!

 

そんな私がその後、昭和54年55年と立て続けに,二人の子供を産み

相変わらずお財布の中身はカツカツではあるけれども
大好きな人と大切な子供たちと、にぎやかで幸せで平穏な生活を送っていました。
そんな我が家にある日、生命保険セールスのおばちゃんが訪ねてきました。
そのおばちゃんは「秀俊さんに万が一の事が有った時に

どうやって二人の子供を育てるの」と尋ねました。たしかにおっしゃる通り

当時の私は働くすべを知りません。育児と家事しかできません。

そう言われるまで、考えた事も無かった「秀俊さんの万が一」

それは、大好きな人との生活を奪うだけでなく

生活そのものが出来なくなる!という事です。
それは大変、それまで考えた事も無い事を、気付かせてもらいました。

続けてそのおばちゃんは言いました。その時には「3000万円はいるヨ」
ただ、当時手取りで月額11万円で生活をしていた私には

3000万円は想像もできない金額だったので

「どうして、そんなに要るのか教えて欲しい」と聞きましたが

おばちゃんからの答えは「普通は要る!」だけでした。
少しの疑問は残るものの、その時私の胸には

疑問よりも強く「3000万円要る」という「不安の種」が宿ってしまいました。

その時の私、勧められるままに、秀俊さんの万が一の日

3000万円貰える生命保険に、毎月3000円支払う契約を結び

一枚20銭のシール貼りの内職を始める事にしました。

その日から、家事と育児に加え

秀俊さんの万が一の日の為にせっせと内職をする生活が始まりました。

生まれて初めて私が、誰かのために「お金を稼ぐ」という日のスタートです。

 

夢子、変化に学ぶ

一体何のための3000円だったの?

 

それまでは、子供たちのペースで送っていた日々を

生命保険料の捻出のためにするシール貼り内職に費やす事になり

何かしらカリカリし始める私に、子供たちは敏感に反応します。

少しの事にギャーギャー言い始め、それをなだめたりすかしたりしながら

ただひたすら3000円のために15000枚のシールを貼り

保険料を創り出しては安心していました。

ただ、頭の片隅には、何かおかしい???と、思いつつも

何がどうおかしいのか探ろうともせずに、3000円こしらえ

支払い、安心を買っているつもりになっていました。そんな日々を繰り返しながらも

天邪鬼な私は、「普通は要る」という事と、「万が一の日の為」という事は

まだ来ぬその日の為に、平穏だった日々の時間を

あえて騒がしい日々に換えて「お金を稼ぐ」という事への疑問を晴らす為に

「保険」特にここでは「社会保険」について調べ始めました。
今のように、インターネットの普及していない時代に、手探りで色々と調べました。
そこでたどりついたのが「遺族年金という社会保障」の存在。
つまり、秀俊さんに万が一の時、という事は秀俊さんが死んだその日

私と息子には「遺族年金」が支給されるという保障が有るのを知ったのです。
ただ、それでも、シール貼りは辞めず、保険料を支払い続けました。
どこかしら頭のすみっこに、「それまで払った保険料がもったいない」

と思っていましたので、秀俊さんが死んだ日、3000万円もらえる為に

10年間3000円ずつ支払う契約を、辞める事が出来ず支払い続けました。

もちろん、秀俊さんは今も私のすぐ傍らに居ます。結果36万円を捨てた訳です。

稼ぐ力という事では、当時の36万円は、今の私の360万円より価値の高い金額です。
一体何のための3000円だったの?

 

 

夢子、変化に学び

後悔しないために

あの3000円をこう使えば・・・

 

そして、今だから言える、その時の3000円を

家族での外食や他のお楽しみの為に使う事が出来ていたら

幸せな「思い出」が創れたのに・・・
その時の36万円は、安心を買ったお金ではなく、まぎれも無く私の勉強代でした。

 

 

 

夢子が学んだ事を

伝えたい人

だからあなたの役に立ちたい!

 

こうした私の過去は、取り戻す事はできません。
だからこそ、私は私の後ろを歩いてくれる

今「子育て中」の方々、「家計を護って奮闘中」の方々に

「お金周りの諸々」を知っていただきたい。
「普通」とか「こうあるべき」「ねばならない」に縛られる事無く

誰かと比べる事の無い
たった一度きりの貴方の人生に必要不可欠な「お金の事」
社会に出る前に、学校では教えてくれなかった「お金周りのアレコレ」
それを知る事でできるようになる「お金の活きた使い方のできる方々」を増やしたい
大切なのは、お金を沢山持つ事ではありません。
まずは、要るお金の量を知る事、要るお金と欲しいお金の違いを知る事
そして、そのお金を得る方法を考える事
その上で、そのお金の活きた使い方ができる事
貴方の人生を豊かな人生にするために必要な

「三つの要素」である「お金と心と身体」

その内のどれを欠いても、幸せで豊かな人生は送れません。
永田家の主婦の私は

大好きな秀俊さんが働いて手に入れてくれた「お金」を使って

大切な家族を護っていられただけで良かった。
ファイナンシャルプランニングという学問を学び

更に深く「お金」の事を知ってからは
永田家だけが幸せで有れば良い、という考え方から

少しだけ家族以外の誰かのために

私の経験を活かしてみたいと考えるようになりそれによって

誰に喜んでもらうのかを、明確にしてみました。
だからこそ、今「子育て中」の方々、「家計を守って奮闘中」の方々なのです。

 

 

夢子が現子になって

やってる事

現実を学んだ今、伝えたい!

 

私は、電気の集金に怯えたあの日

大好きな秀俊さんが死んだその日の為にシール貼りをした日々から始まり

二人の息子の学費の準備にせっせと働いた日々

住宅ローンを組む為に、返す為に試行錯誤を繰り返し奔走した日々に
今の私だけの知恵と知識を持った人が、私の人生の搬送者になってくれたら

どんなにか、心強かったであろうかと思い、あの日、あの時、

そしてこれからも、私は「私の欲しかった人生の搬送人」で有り続けようと思います。

誰かの「安心の笑顔」の為に、それを喜んでいられる私自身の為に。

 

 

暑い暑い夏の日々のお終いに
私の熱い思いを、書き連ねました。
ご興味のお方は

お名前 (必須)

メールアドレス (必須)

題名

メッセージ本文

The following two tabs change content below.

NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、15年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

関連キーワード

大切な人の健康長寿を願って贈る 愛知名産「安城和泉手延べめんギフト」福禄寿ギフト お店を見に行く