ライフスタイル

障害年金の認定を受ける為に

正直、複雑な気持ちです。

あの日の感覚・・・出来れば、思い出したくないです。

でも、家族としては、ここはしっかりと行動しておこうと決めました。

 

アラン秀俊さん「人工血管」を装着しています。

あれは、平成23年12月21日の夜8時過ぎです。
次の日の仕事の支度を済ませて、二人で回転すし屋に行き
私が、お客様からの電話で席を外していた時に
それは起こりました。

この時点で、大変恵まれていたのは、周りに「多くの人が居てくれたコト」

腹部大動脈瘤破裂」で、倒れました。

救急搬送されたのが「名古屋医療センター」です。

 

それから、退院するまでにも、一悶着も、二悶着も有った中
なんとか退院できてから
本人も、もちろんそうでしょうが、家族として
まさに、「はれものに触る感覚」での生活が始まりました。
その上、二人で二社の会社経営をしていて、アラン秀俊さんの「仕事」分も承っていて、私には半端無い仕事の分量の日々でした。

これでも「お金のプロ」として「年金」のコトは学んでいたのに
お恥ずかしいコトに「障害年金」の申請に関しては
頭の隅にも無くって・・・完全に抜け落ちていました。トホホ

障害年金

 

老齢年金の受給手続きに行って、発覚

その時にも、まだ気付いていないのです(苦笑)
私自身が「プロ意識」の欠落、認めます。

ただ・・・やはり知っていたのに・・・には、情けない思いは否めません。

日本年金機構の相談員の方からは
手続きに関して教えていただきました。

その時点でも
病院の次の検診予約の時に行き「診断書」を書いていただく
くらいにしか、考えていませんでした。

障害者年金の受給資格

 

そして、その年の12月の検診の時
担当医の先生からは「この病名ではダメです」と言われてらしく
さっさと諦めてしまった、アラン秀俊さんです。

家族としては、「そうね、それで気持がなえるよりは」
などと考えて、障害者としての認定を諦めていました。

 

 

65歳の誕生月に、老齢年金の相談に行き再燃

それは・・・診断書を書いて欲しいとの患者の依頼を
医師が「病名」で書かないは無い、というコト
言われてみると、その通りです。

幸い、前回の相談時に
平成25年6月21日に「障害年金の申請受付」をされており
日本年金機構の記録が残っていました。
ので、その気になり、名古屋医療センターに行き、再び診断書を書いてもらい
ギリギリの挑戦してみようと思い立ち、動きました。

そしたら・・・またまた問題勃発

それでも、粘りに粘って

ここにも記載されているとおりに「2週間から4週間程度の期間」を
昨日の今日で、発行していただけるコトに成りました。

これで、障害年金を受給出来るかどうかは、まだまだですが
しかも、過去に受給出来た年金を、捨てた形になりますが
ここまでは、進められたという「結果」は、残ります。

その後、立ち寄ったお客様のお宅に咲いてた可愛いお花
なんか、とっても清々しく眺めていました。

家族としてか、プロとしてか
私自身の中では複雑な今回の件
「年金の件」に関しては、ものすごく勉強になりました。
またひとつ、前進です。
「医療関係者」と「年金書類作成者」の
ミゾ埋めに関しての相談の精度が上がりました(笑)
そんな相談が気にかかるお方、ドーゾ
そして、私の武勇伝聴きたいお方もネ

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NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、15年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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