ライフスタイル

振り回されずに、足りてる今を生きているのが面白い

沢山のモノが溢れていました。

大きなタワーマンションを手放したのは
持ち切れ無くなる日に気付いたから

この後も、色々と手放しながら生きていきます。

 

 

二人で居るというコト

実は、そんなに沢山の「お金」もモノも要りません。
特に、住まいに関しては
大きく、広くは家族が増えていく時だけで
私達のように、息子達が別の家族をつくって「巣立ち」をしたら

「あの時は何だったの???」って思うくらいに
こじんまりと生きて居られます。

 

ただ・・・起業すると決めた時から

「家」は、「住まいの場所」では無く「稼ぐ場所」に成ったのです。

 

人生60年の節目を過ぎて

還暦とは良くいったものです。
本当に、色々とあった人生も、暦がぐるっとひと回りして
この先を考えた時には、「こじんまり」まとめようと思いました。

 

稼ぐのも暮らすのもです。

 

50歳起業家になった時

それまでも二人で稼いで、二輪の自転車走行でした。
が、スタートは専業主婦の私と、ずっと外に出て稼いだアラン秀俊さんとでは
手にする老齢年金には、当然ですが歴然の差です。

おおよそ7倍の差です。

その差を埋める為では無く

50歳起業当時には「備蓄」を増やす為に
一時期、沢山の「お給料」をいただく形を取り、社会保険料もたんまりと払い
「会社のお金」と「家のお金」のバランス取り取り
「備蓄」を増やした時期が有りました。

計画通りに行ったのは「お金」に関してであって
生き方そのものは
アラン秀俊さんの「大病」がきっかけになり、大きく軌道修正をするコトになりました。

それでも「人生設計図」そのものの「根底」をひっくり返すコト無く生きていられるのは
やはり「目安」になる「人生設計図」があったからです。

 

いつも「生き先」をはっきりと見据えている為に

「目安」を持つと、そんなに沢山持つは、要らなくなります。

暮らし方と生き方次第で「量」は、コントロール出来るのです。

今回、奈良で同居するコトで「健康保険料」が少なくなりました。
それまでは、私は倉敷市に「健康保険料」を納めていたので、合算して減ったのです。

と言っても、奈良市の増額15100円、倉敷市の減額15550円、その差450円です。

(別の理由も有りますが、ややこしいので、今回はココだけ)

 

社会の仕組みを知ると

「収入と支出」のバランスは、いつも自分でコントロール出来ます。

社会の仕組みの隅々を知らずに
しかも、社会の中での自分の「所属」を知らずには、コントロールは出来ません。

色々と学んで知ったコト、色々と実践してきたから解ったコト
そして、それをどう活かすかが大切なポイントです。

 

 

私達が、名古屋市北区のタワーマンションを手放して
名古屋市東区の大曽根に事務所を構えてからの数年、街は大きく様変わりをしています。

ただ、足元を彩る花達は、季節を素直に生きています。

見あげる空と、しゃがんで見る足元と

いつも一緒に考えているから出来るコトです。

 

 

健康に生きる

私達の人生は、大きく強くする時期は過ぎました。
小さく確実に生きるが適えられて、少しの余裕が出来た分だけ

稼いで使う!!を、社会の為に出来るようになったのです。

相互扶助を念頭に置きながら
出来るコトならば、健康保険を使うコトを増やさずに、生きていきます。
只今の私達が健康保険を使うのは
数ヶ月毎の「歯科メンテナンス」と、アラン秀俊さんの年一回の「人工血管の検査」です。

年収が少なく、5割軽減を受けて、年間65300円の健康保険料を納めても
今の所実際に、奈良市から医療機関に支払ってもらうのは、それ以下です。

 

 

そこは、少し鼻高くして自慢の出来るコトです。

 

 

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NagataYouko

金融機関に勤めた事も無いのに、46歳でファイナンシャルプランナーの資格取得に燃え、資格取得の勉強中に「お金の最高の活かし方」には「会社設立」が一番の近道と思い立ち、人生のパートナー「永田秀俊」に猛烈アタックして、秀俊50歳、陽子48歳で「独立起業」して、15年が経ちました。元事務員の経験も活かして「起業家のお助け隊」として、東奔西走の日々

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